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記録・考察

2020オンデマンド授業の制作体験から見えたこと

遠矢浩規(2020年8月18日記) ※2020年9月10日追記、2021年1月10日追記2 (追記は最下部にあります)

はじめに

2020年度春期、コロナ・ウィルスへの対応として、思いがけずオンライン授業を実施することになりました。演習や少人数の大学院科目はZoomによるライブ配信で行いましたが、履修者130名の学部講義科目「国際政治経済学」はフル・オンデマンドの形態で実施しました。

​以下では、オンデマンド授業のコンテンツの制作・配信で経験したこと、そこからわかったこと、そのメリットやデメリット、課題などについて、気づいた点を紹介します。とりとめのない長文・駄文ですが、今後のオンライン授業、とりわけオンデマンド授業のあり方を考える一助となれば幸いです。

(以下の内容)

・どのようなオンデマンド授業だったか

・なぜこのようなスタイルの動画にしたのか

・制作の基本ポリシー

・長い動画は作らない

・動きのある動画にする

・遊びの要素を入れる、一人ではないと感じさせる

・読み上げソフトのメリット

・学生からの評価

・問題点と課題

・教員のモチベーション

​・最後に

どのようなオンデマンド授業だったか

​まず、私が配信したオンデマンド授業の動画がどのようなものだったかを紹介します。言葉で説明するより実物を見てもらう方が早いので、サンプルをいくつか挙げます。(※新たに制作した動画に差し替えました。具体的には、音声を同じソフトで再度作成しました。理由は「追記2」をご参照ください。その他の内容・形式はオリジナルとほぼ同じです。サンプル動画②「モデルスキーの覇権循環論」、同③「従属論」は割愛しました。2021-1-10記)

①ギルピンの覇権安定論

​④学生からの質問に答えるビデオ(ダイジェスト)

このように、配信した動画は、すべて「入力文字読み上げソフトによる音声」+「フル・アニメーション」というスタイルにしました。動画1本の時間は15~25分程度です。このスタイルの動画を毎週2~3本配信しました。全12週の講義で結局、計28本の動画を配信しました。最後までこのスタイルを貫いたので、教員(私)の姿と声は一度も登場していません。

オンライン授業、特にオンデマンド授業のコンテンツをめぐる議論では、その「動画」の功罪に関心が集中しがちですが「動画」は講義というパッケージの一部に過ぎません。パッケージの中でどう「動画」を活かすか、という点が大事だと感じました。

私の場合は、毎週の講義を次のようなパッケージにしました。

--- 「動画」

 (最後まで見ないと閲覧記録が残らないように設定。閲覧記録は「出席」として得点化。)

--- 「復習用に使用する教材」

 (動画の元素材をPDF化したもの。動画を閲覧完了しないとダウンロードできないように設定。)

--- 「オンライン上で回答・提出する『小テスト』または『課題』」

 (動画を閲覧完了しないと回答・提出できないように設定。)

--- 「アンケート」

​ (各動画の「理解度」、「満足度」について選択肢から回答。質問や意見を記述する自由回答欄。回答は任意ですべて匿名。教員は回答者を特定できない。)

​つまり、履修者は、動画を一度見たあと小テストや課題を開き、それに回答するために動画を二度三度見直し、質問などはアンケートで送信する、という仕組みです。動画が2本の場合は、これが2セットとなります。

​アンケートで寄せられた質問のうち講義内容に関する重要なものは2週分まとめてビデオで回答しましたが(上掲の④のビデオ)、履修上のトラブル・シューティングの類や、要望に対する返答などは、毎週、「アナウンスメント」を履修者に一斉送信して告知しました。

講義はMoodle(eラーニングプラットフォーム)で配信され、各回のリード文では、履修上の注意や課題の締切などを明確にしました。例えば、次の通りです。

リード文.JPG

なぜこのようなスタイルの動画にしたのか

オンライン講義を始めるにあたって、選択肢は2つありました。ライブ配信かオンデマンドかです。ライブ配信は、サーバーのトラブルで定時に配信できない可能性があること、全講義がオンラインとなっている状況で定時配信は履修者の「苦痛」や「不便」となることが予想されたことから、早々と「オンデマンドで行こう」と決めました。

当初の構想は、「最初と最後に本人が顔出し」、「本編でパワーポイントのスライドを画面に映し、本人の音声で説明する」というものでした。

​そして、実際に、顔出し動画の撮影、スライドショーの作成、音声の収録をして、1本のパイロット版(45分)を作成してみました。

しかし、作成した動画を見て、その完成度の低さにガッカリしました。というのも、

--- 話すスピードが一定でない。

--- 声の大きさが一定でない。

--- 言い間違いが多い(話している時には気づいていない)。

--- 「えー、あー」などの耳障りな口癖が多い。

要するに、大変、聞きづらいものでした。学生には、普段、こんなひどい講義を聞かせていたのか、と愕然としました。試しに、「えー、あー」の部分を一つずつ音声編集ソフトで削除していったら、2分近く短くなりました。学生は対面講義では、「えー、あー」だけを数分間聞かせられていたのだと初めて認識しました。

​また、映像や音声の収録中に、家人のノイズが入ってしまったり、一人でしゃべるのが照れくさかったりと、作業は想像した以上に難航し、先が思いやられました。

実際に作業を始めるまでは、「オンデマンド動画」などというものは、「対面」でやっていることを再現して収録(録画・録音)すればよいと思っていましたが、この発想では、「対面」以下のものにしからならないことは明白でした。

​そこで「オンデマンド動画」は「対面」とはまったく別種のコンテンツである、と発想を転換しました。音楽業界にたとえて言うなら、「ライブのコンサート」と「スタジオ・アルバムの制作」ほどの違いが対面とオンデマンドの間にはある、そういう発想で臨むことにしました。そこからたどり着いたのが、「入力文字読み上げソフト(以下、読み上げソフト)による音声」+「フル・アニメーション」というスタイルでした。以下の考察は、このスタイルの動画制作の経験を前提としたものですが、それ以外のスタイルのオンデマンド講義にも当てはまる点があると思います。

制作の基本ポリシー

教員にとっては一つのオンライン授業でしかなくても、学生は学期中にそのようなオンライン授業をたくさん履修させられています。

 

オンライン授業開始前に受講した教員向け講習会では、参加した教員のほとんどが、オンライン授業の形態について、「講義を自宅からライブ配信する、またはその録画を配信する」と回答していました。このことから、大半のオンライン授業は、ライブであれオンデマンドであれ、「90分ダラダラ続く」ものになるのではないかと予想しました。学生は、90分間、教授の(見たくない)顔か、何分間も静止したままのレジュメを画面で見続けることになります。それを1日に何コマも、自粛中の孤独な環境の中で、耐えながら見続けなければなりません。そのため、オンライン授業では、ストレスを減らし、モチベーションを高める工夫が、対面以上に必要と考えました。

そこで、「長い動画は作らない」、「動きの多い動画にする」、「遊びの要素を入れる」、「一人ではないと感じさせる」ことを基本ポリシーとしました。

長い動画は作らない

​動画の長さは前述の通り、1本15~25分程度としました。対面の時には、例えば「覇権安定論」というテーマで、「公共財」、「国際公共財」、「キンドルバーガー」、「クラズナー」、「ギルピン」の説明をまとめてしていたものを、「公共財」なら「公共財」で1本という具合に講義内容を細分化して、小テーマごとに一つの動画にしました。

その上で、

--- 各動画に「小テスト」または「課題」を設定し、小テーマごとに理解を定着させる。

--- 動画Aを視聴完了しないと動画Bを見れない、という具合に積み立て方式にする。

という形にしました。

​積み立て方式は、たとえば上掲のサンプル動画②「モデルスキーの覇権循環論」は同①「ギルピンの覇権安定論」を終えていないと視聴できない設定として、その「ギルピンの覇権安定論」も、「公共財」→「国際公共財」→「キンドルバーガーの覇権安定論」→「クラズナーの覇権安定論」、「プロダクト・ライフ・サイクル」→「プロダクト・サイクル論」と順に動画を学習しないと視聴できないようにしました。同様にサンプル動画③「従属論」も、「比較優位と不等価交換」→「交易条件悪化説」→「ECLA構造主義」の順に視聴完了しないと視聴できない設定としました。

 

匿名アンケートの回答では、「緊張感を保つのにちょうどいい時間」、「小テストとセットになっているし、時間的にも見返しやすいので、意欲がわく」、「集中しやすい」と好評でした。

​動画を短めにしておくことは、制作者にとっても、修正箇所が見つかった時の改変作業が少なくてすむ、という利点がありました。

なお、講義のパーツがモジュール化されたことにより、あとから、「〇〇を理解するために、動画Xと動画Yを復習してください」という具合に、学習目的に沿ってメニューを組み換えて提示することも容易になりました。

また、積み上げ方式にしたうえで「小テスト」と「課題」に期限を設定しておくと、あとからまとめて視聴するわけにいかなくなるので、履修者は計画的に(毎週着実に)学習に取り組んでいました(閲覧記録で確認できます)。

これらはオンデマンドならではの効用で、対面よりも学習効果をあげることができたと感じます。

動きのある動画にする

せっかく「動画」というメディアコンテンツを利用できるのに、「顔」や「資料(静止画)」や「テキストデータ」を映すだけや、レジュメを朗読するだけではもったいないと考えました。

「顔」や静止画を映すという発想を捨て、動きのある図やグラフに変えるだけで、説明の密度がぐっとあがりました。また、見ていて飽きないものになりました。

言葉(文字)では説明に時間がかかる内容も、動きのある図やグラフを使うと、簡単にしかも言葉よりわかりやすくプレゼンテーションできると実感しました。対面の授業で90分かけて説明していた内容を、そのような動画にしてみたら、ほとんどのものが15分の動画2本程度に収まってしまいました(これは大きなショックでした)。逆に言えば、オンデマンド90分なら、対面以上のクオリティを実現できる、ということだと思います。

匿名アンケートの回答でも、「オンラインならではのコンテンツを提供してくれたのがすごく嬉しかった」、「扱う内容は高度なのに、ビデオがわかりやすく、しっかりと理解を深めることができた」等のコメントを毎回多数もらいました。

フル・アニメーションの制作は、はじめは敷居が高いと感じましたが、基本的には、「パワーポイント」と「動画編集ソフト(オーサリングソフト)」があれば、意外と簡単に制作できました。イラストなどのオブジェクトはフリー素材をネットから容易に入手できます。パワーポイントだけでも音声入りのアニメーションの制作は一応可能でしたが、いったん出力したものを修正・改変(たとえば音声の差し替え、エフェクトの追加など)するのには不向きでした。動画編集ソフトの併用がおすすめです。

【付記】

なお、アニメーションの元になったパワーポイントのファイルはPDFにして配布しました。「講義はノートを取りながら聞くもの」という古い考えが私にあったので当初は配布していなかったのですが、「タブレット用」に配布してほしいという要望が複数あったので、どういうことなのかとアンケート調査してみると、履修者のちょうど半数は、普段から、「ノートを手書きで取る」学習スタイルでしたが、残り半数は、「タブレットで資料に直接書き込む」学習スタイルであることがわかりました。後者の履修生にとっては、PDFで配布されると好都合だったようです。しばらくしてから配布PDFの利用度をアンケート調査してみると、実際に半数の学生がこれを「利用している」と回答していました。

ただし、PDFは動画を一度閲覧完了しないとダウンロードできない設定にしました。これは、動画制作者として、まずは新鮮な気持ちで動画を見て欲しいという気持ちがあったからですが、この点について、アンケート回答で、「他の授業ではあらかじめPDFを配布されるので動画は聞き流しているが、この講義では1回目に真剣に視聴し、2回目でメモを取りながら視聴するので、記憶が定着する」というコメントをもらいました。

遊びの要素を入れる、一人ではないと感じさせる

​一日中オンライン講義を孤独と不安の中で受講している学生の姿を思い浮かべながら、そのような学生に「この講義、次も早く見たい」と思わせることが果たしてできるのだろうか、と考えました。

 

また、オンライン授業(とくにオンデマンド)に対しては、「余談」や「授業後の雑談」が無い、という「欠陥」が世間で指摘されていたので、それをバーチャルである程度実現できないものか、と考えました。

そこで、学生の環境を逆手にとって、「自室にこもって、深夜ラジオ番組を毎週こっそり聞く愉しみのような感じ」を出せないか、と考えました。

その試みが、上掲のサンプル動画④「Midnight Q&A」です。これは、アンケートの自由回答欄で寄せられた質問に回答するコンテンツですが、オープニングとエンディングを深夜ラジオ番組風にし、また回答の中にも余談やユーモアを交えました。さらに、毎回、自作の「音楽」に自作の「詩の朗読」を乗せたものをオンエアしました(上掲動画④の6:25、18:20、23:41、27:40)。当初は好きな音楽をかけてみるつもりでしたが、著作権の問題があるので、結局、曲自体を自作しました(オープニングとエンディングのBGMも自作です)。オンライン講義や課題で疲れ果てた一日の最後にリラックスして聞いてもらうという趣向で、講義動画より話速を落とし声のトーンを下げるなどの工夫もしました。

このQ&A動画は、「質問への回答を聞ける」、「笑える」の両面で初回から大変好評でした。アンケート回答には、「元気が出た!」、「オンライン授業ばっかりの中で、砂漠の中のオアシス」、「次回が待ちきれない」といったコメントが多数寄せられました。「詩の朗読」は、意外性もあってか特に反響が大きく、「学生が思っていることを表現してくれてありがとうございます」、「心に刺さって泣いてしまいました」等のコメントがありました。結果的に自作したことが予想以上の効果を生みました。

Q&A動画は隔週配信(計6回)でしたが、これがあったことによって、「国際政治経済学」のオンデマンド講義全体が、期待したように、ラジオ番組を毎週楽しむような感覚で受講されるようになっていったことが、アンケート回答から実感できました。自由回答欄には、講義への質問だけでなく、学生の日々の雑感を伝えるだけのものや、人生相談のようなものが次第に増えていきました。

「ビデオで質問に回答」したことは、想定していなかった、さまざまなプラスの効果を生みました(アンケート回答から確認)。

最も印象に残ったのは、他の学生の質問を見る(聞く)ことによって、「この講義を受講しているのは自分だけではないと実感できた」というものでした。

また、「他の学生の質問を見て、『そういう見方もあるのか』と、大変勉強になった」というコメントが非常に多かったです。質問をビデオで取りあげてくれるかもしれない、ということがモチベーションになっているのか(これは推測です)、当初は用語の意味を尋ねるような単純な質問ばかりだったのに、回を追うごとに、質問の内容が高度なものになっていきました。講義ビデオをしっかり勉強したうえで質問していることがはっきりわかりました。そして、そのような「質問」をビデオで見た学生がさらに刺激を受ける、という好循環が生まれていました。私自身も質問から学ぶことが多く有益でした。

【付記】

これは既に指摘されていることかもしれませんが、オンライン授業で寄せられる「質問」は、対面授業のリアクションペーパーよりも、質が高いと感じました。対面では授業中に慌てて書かなくてはならないですが、オンライン(オンデマンド)では、動画を何回も見て、さらにじっくり考えてから質問することができるのが、その理由ではないかと思います。

オンライン(オンデマンド)の欠点として、対面(教場)にはある学生との対話ができない、ということが指摘されています。しかし、私自身の経験では、大教室の講義科目で、講義中や講義後に質問する学生は、毎回、一人二人いるかいないかです(他の講義ではもっと多いのかもしれませんが)。また、講義の次のコマにも講義や会議があったりするので、そのような学生と「対話」できるのは、長くても5分程度です。オンデマンドでは確かにface to faceの対話はできませんが、アンケート、ビデオ、アナウンスメントを通じたコミュニケーションは、対面の時よりも質・量ともに向上したという実感があります。

読み上げソフトのメリット

「読み上げソフト」を利用したことによって、「聞きづらさ」の諸問題は基本的に解消できました。使用したソフトには、話速、音の高低、抑揚、感情(怒り、喜び、悲しみ)などのパラメータがあり、いろいろ試して「聞きやすい」自分の声を複数作って登録しました(場面によって使い分け)。不自然なイントネーションを一語一語手作業で修正するのに手間がかかりましたが、かなり「流暢」なナレーションを実現できたと思います。また、音声編集ソフトを使って、パラグラフとパラグラフの間には「1秒の空白」、画面が切り替わる箇所には「2秒の空白」を挿入するなど、間合いも工夫しました。

この「読み上げソフト」の音声は、初回アンケートから、「聞きやすい」、「画期的」と大変好評でした。「違和感を感じる」という回答も初回こそ数件ありましたが、オンライン授業が本格的にはじまって他の講義の「肉声」を実際に耳にするようになると、「この音声が一番聞きやすい」と支持する回答が増えていきました。「そろそろ肉声が聞きたい」とか、「人間味が感じられない」という否定的な意見がいずれ出てくるだろうと思いましたが、そうした意見は最後まで出ませんでした。むしろ、「親しみを感じる」という反応の多さに驚かされました。

また、アンケート結果から、予期していなかったメリットが明らかになりました。Moodleで配信される動画は、視聴スピードを調整して再生することができます(遅くしたり、速くしたり)。しかし、話速や音量が一定でない「肉声」だと、この機能が実際には役に立たないようです。読み上げソフトの音声は話速も音量も一定なので、スピード調整機能との相性が非常にいい、ということでした。

動画を作る側にも利点がありました。最大の利点は、「修正が容易である」ことです。肉声の録音の場合、言い間違いをあとから発見しても、その部分をパッチ処理するのは相当に骨が折れます。パッチ処理しても、その箇所だけ声の調子が違うなど、不自然な仕上がりになります。

これに対し、読み上げソフトで作成した音声ファイルの修正は、修正したい単語を新たに読み上げた短いファイルを作成し、音声編集ソフトで該当箇所をそのファイルに差し替えるだけです。話速や声の調子はまったく同じなので、修正後の違和感もまったくありません。こう表現するとわかりにくいですが、要するにカット&ペーストです。

間違いの修正だけではなく、将来、動画の内容をバージョンアップさせたい時にも(例えば新たな説明を加えるなど)、同じ要領で簡単に加工できます。ただし、もとのテキスト・データと最初に作った音声ファイルを保存しておくことが大事になりそうです。

学生からの評価

以上の通り、私が配信した講義は、全編「音声読み上げ」+「アニメーション」という、オンデマンドとしても、おそらく特殊な形態の講義だったと思いますが、講義全体に関して、学生からは例えば以下のような感想・評価をいただきました(匿名アンケート回答より。表現は適宜、編集・改変してあります)。否定的な評価は一件もありませんでした。

「今学期の授業の中で、一番オンライン授業がうまく進んでいた授業だと感じます。私は今期13コマ選択していましたが、ダントツでこの授業が1位です。生徒の質問に対してレスポンスしてくださる先生はなかなかいません。対面の授業よりも質問もしやすいですし、それに関して丁寧に対応してくださると、次回の授業や質問に真剣に取り組むことができたと思います。本当に楽しい授業でした。」

 

「学生にコメントペーパーを書かせておいてその質問は一切回答されない授業が多くある中、先生の授業では、学生の期待を超えるクオリティで質問への解説がなされるところが特に素晴らしいと感じました。毎週深夜に、朝8:00に講義が配信されますなどというメールが届き、誰が朝から授業見るねん笑と思いつつ、火曜日は起きたらすぐにノートを開き、真剣に講義を見ていました。この授業だと早稲田政経に入った学生が全員、そのポテンシャルを無駄にすることなく、楽しくしっかりと勉強することができると強く感じています。毎週全力で準備をしていただいて、本当にありがとうございました。先生が提供するようなオンライン授業であれば、対面授業よりメリットが大きいと思います。」

「複数の友人がこの授業を受講していましたが、皆が毎回の動画配信を楽しみにしていましたし、配信が憂鬱でない授業なんて、この授業の他なかったように思います。」

「生徒の負担やモチベーションを考えて、一つのビデオを15分程度にまとめているのが非常に効果的であったと思う。また、毎授業後に小テストを設けることで授業への意欲も上がり、普段の講義よりも学習効果が出ているような実感がある。来学期もオンライン講義が中心となるだろうが、他の講義においても本講義のような生徒への配慮を感じるビデオ構成であると素晴らしいと思う。」

「この授業の内容がすべての科目の中で1番頭に残っている。」

「毎回面白い内容でした。国際政治経済学、という名前の通り、政治と経済の垣根を越えた授業内容は新鮮で、早稲田政経を志して入ってきた自分にとってはこれこそ自分が学びたかったことなのかもしれないとも感じました。」

「もうオンライン疲れた、大学辞めたい、そんな崩壊したメンタルの中でふと見たQ&Aに感動しました。タイトルだけ見て面白そうで取った授業にここまで救われるとは思ってもみませんでした。国際政治経済学の授業が無かったら私の春学期はただただ早稲田大学に対しヘイトを溜め込むばかりで終わってしまっていたと思います。」

「正直、最初のQ&Aで詩の朗読が始まったときは、何をやっているんだろうと思っていましたが、いつの間にか楽しみなコーナーになっていました。自分を含め多くの大学生が感じているであろう鬱屈を見事に表現していたと思います。自分だけで憂鬱な気分になっているとろくなことがないですが、実際に詩として聴くと笑いに転換され、気分が晴れやかになりました。オンラインだけの関係となってしまいましたが、3か月間ありがとうございました。」

「このコロナで憂鬱な日々の中、毎週火曜日、笑顔になれる時間を頂きました。ありがとうございました。」

アンケートでは、毎回、動画の「理解度」(よく理解できた、どちらとも言えない、よく理解できなかった、の3択)、「満足度」(興味を持てた、どちらとも言えない、興味を持てなかった、の3択)を確認する質問を実施したところ、全動画の平均は、「理解度」について「よく理解できた」90.8%、「どちらとも言えない」7.0%、「よく理解できなかった」2.2%で、「満足度」について「興味を持てた」90.3%、「どちらとも言えない」9.2%、「興味を持てなかった」0.5%でした。アンケートの回答率は平均して73.6%でした。なお、動画の閲覧記録から、学期途中で受講を放棄した者は2名(130名中)だったようです。

問題点と課題

幸い、オンデマンド授業の内容やスタイルについて、好意的な評価をいただきましたが、この評価については、かなり割り引いて考えなければいけない、とも感じています。おそらく、この評価には、

--- すべての授業がオンラインになった。

--- オンライン授業の大半は、不慣れな教員によって急遽制作された。

という極めて特殊な事情が大きく影響したと思います。

そのような状況の中で、「音声読み上げ」+「フル・アニメーション」という動画が、見やすく(聞きやすく)、新鮮だった、という要素が相当にあるように思います。

今後、各教員の動画制作のスキル(どのようなスタイルであれ)が上達すれば、今回のスタイルの動画は、それほどありがたいものではなくなると思います。むしろ、「人間味が感じられない」と評価をされる可能性の方が高くなるのかもしれません。

また、もし多くのオンデマンド動画が今回のようなスタイルになってしまったら、いったいそれは「大学」と言えるのか、と私自身、大きな疑問を感じます。今回の動画スタイルは、「ニッチ」であろうと思います。

私の「国際政治経済学」の講義は「理論」や「モデル」を主に教える授業です。そのため、講義内容を「短い動画」に細分化したり、「動きのある図やグラフ」で説明することは、比較的容易だったように思います。その意味で、「動画」との相性はいい、と感じました。しかし、例えば、歴史や哲学のような講義では、そうした手法は相応しくないかもしれないとも感じました。

問題点として、オンデマンド授業では成績評価が難しい、と感じました。

開講前に参加した教員向け講習会では、「小テストの累積結果は、期末試験の結果と一致する(したがって小テストをしっかりやれば期末試験は必要ない)」という経験談を聞きました。そこで、私の今回の講義では、期末試験や期末の長文レポートなどは課さず、動画の閲覧記録を得点化したものと、毎回の「小テスト」または「課題」の累計点で成績評価を行いました。

しかし、実際には、(私の勤務校で定められた)相対評価の評価割合(Aプラスは上位〇%といった)に、オンライン上で実施した「小テスト」と「課題」だけで成績を落とし込むことは、困難でした(そのため評価割合を緩和せざるを得ませんでした)。「小テスト」や「課題」で成績を差別化するためには、動画制作のスキルとは別に各動画の「小テスト」や「課題」の作問スキルが非常に重要である、と痛感しました。

 

教員のモチベーション

「なぜこのようなスタイルの動画にしたのか」の項で触れたように、対面講義は「ライブのコンサート」、オンデマンド動画は「スタジオ制作のアルバム」に例えられると思います。

そして、ミュージシャンの中には、ライブで真骨頂を発揮する人(Jimi Hendrix)もいれば、スタジオ・ワークで名作を作り出す人(Brian Wilson)もいるように、教員にも対面に向いている教員とオンデマンド(動画作成)に向いている教員がいると思います。

コロナ以前の大学では、基本的に、すべての教員が対面講義をしていました。コロナ以後は、これが逆転して、すべてオンラインとなりました。この2つの世界を経験して、おそらくすべての教員が、「自分は対面が得意なのか、オンデマンドが得意なのか」を自覚させられたと思います。オンデマンドに向いている教員にとっては、今回のコロナ対応は、むしろ、教員としての本領発揮のいい機会になったのではないでしょうか。

今後、コロナが終息した時に、大学の講義の多くは「対面」にもどっていくでしょう。しかし、その時にも、オンデマンド講義は、それを得意とする教員の選択肢として残すべきだと私は考えます。それが教員にとっても学生にとっても幸福なはずです。資源(教員)の最適な活用にもなります。

私自身について言えば、どちらかと言えば人前で話すのは苦手です。また、毎年、(ほぼ)同じ内容の講義を教場で「再演」することに、(申し訳ないですが)モチベーションは下がり続けていました。しかし、オンデマンド授業では、いったん作ったコンテンツはストックとして再利用できるので、次の年度には、同じエネルギーを注いで新たなコンテンツをどんどん追加的に制作してゆくことができます。そのようにして「作品」が増えていくことに、創作意欲を大変掻き立てられます。それは、結果的に学生にとっての利益になるはずです。

最後に

経験値ゼロから取り組んだ、わずか3か月間の体験について愚見を述べてきました。

正直に言えば、オンライン授業開講前、私も「オンラインは所詮、対面の代替物に過ぎない」という認識でした。手抜き、とすら思っていました。

しかし、実際に試行錯誤してみて、今は、「対面が上策でオンライン(オンデマンド)が下策ということはない、その逆でもない」と確信しています。対面にいい授業もあればそうでない授業もある、オンラインにもいい授業があればそうでない授業もある、そして、どちらのいい授業も、他方のいい授業の代替物にはなりえない、そう感じています。

アフター・コロナの社会になった時、大学はオンライン(オンデマンド)をどう扱っていくのか、必ず検討することになるでしょう。その時、オンラインは下策という前提の議論だけはしてほしくないと思います。なぜなら、それは、大学の講義におけるイノベーションの機会を失わせることになってしまうからです。

(了)

【追記:「学生授業アンケート」結果】(2020年9月10日記)

大学公式の「学生授業アンケート」の集計結果は次の通りでした。赤い枠で囲った部分が本講義(「国際政治経済学」)です。幸い、全項目において、学部全体(箇所別平均値)を上回る評価を得ることができました。評価のスケールは0~6.0です。

​絶対値で見ると、動画の「見やすさ」(ⅡのQ2)、「聞き取りやすさ」(ⅡのQ1)、「総合的な評価」(ⅡのQ8)の値が特に高くなりました。また、学部平均値との差で見ると、オンデマンドでありながら、「コミュニケーション」(ⅡのQ4)、「フィードバック」(ⅡのQ6)で高い評価となりました。

授業評価アンケート結果.jpg

なお、「自由記述」欄の2つの設問(①「この授業で最も有意義な点は何ですか」、②「この授業をより良くするためにご意見があれば自由に記述してください」)には、例えば、下記のような回答がありました。①に対する回答は講義内で実施したアンケートに見られた回答とほぼ同じ内容でしたが、②に対する回答には、最後に声も聞きたかった、顔も見たかったというコメントが計3件あり、オンラインで議論する機会を望むコメントも1件ありました。

①「この授業で最も有意義な点は何ですか。自由に記述してください。」(回答例)

 

「オンデマンド形式で、わかりやすく解説されていて、理解しやすかった。感動するレベルでわかりやすいです。そして、飽きさせないための工夫が所々施されていて、先生の思いやりが感じ取れた。楽しく、学術的な知識が得られた。」


「丁寧なフィードバック、授業のわかりやすさ、スライドの見やすさ、授業の時間、休憩をはめるタイミング等どれを取っても一級品であった。」

 

「一番オンライン講義を使いこなしていると感じた。講義動画が簡潔で分かりやすい。」

 

「国際政治経済学において重要な概念を、わかりやすい図と共に学べるだけでなく、Q&Aを通じて、他の学生の意見を聞くこともできる点。」

 

「小テストが毎回あるので効率よく復習できる点。」

 

「自動音声機能に抑揚やイントネーションまで組み込まれているらしく、それがとても聞き取りやすかった(1.6倍速などにしても変わらず聞き取りやすい)。」

 

「総合的に、さまざまな工夫が施され、授業内容もわかりやすく、学生をしっかり(楽しく)勉強させられるコンテンツだった。」

 

「Q&Aのビデオがわかりやすく面白かった。授業後毎回アンケートがあるのでそこで意思表示や質問することができた。」

 

「はじめは機械音声に一瞬戸惑いましたが、他の授業での先生の肉声は言葉に詰まっていることも多く、それに比較するととても集中して授業を受けることができました。また、動画時間も適切でした。」

 

「 オンラインであることを最大限に活かした授業を行ってくださった点。生徒のことを考えて下さっているなと感じた。生徒を飽きさせないような尺の長さで、生徒が関心を持ちそうなトピックを、図やイラストを用いて分かりやすく説明して下さった。」

②「この授業をより良くするためにご意見があれば自由に記述してください。」(回答例)

 

「最後に遠矢先生の声が聞きたい。」

 

「Q&Aに質問が採用された方に何かしらの利点があればよいのではないかなと思いました(私は採用されていませんが)。」

 

「特になし。ただ、オンラインで数回議論する機会を設けてみると非常に良くなると思う。」

 

「オンラインなのでどうしようもないのですが、先生の顔も拝見したかったです。」

​【追記2:法人または商用ライセンスの問題】(2021年1月10日記)

動画は作り込もうとすればするほど、必然的に、様々なソフトウェアや素材を使用することになります。私の動画では、ワープロソフト、プレゼンソフト(アニメーション作成)、動画編集ソフト、文字入力読み上げソフト、音声(波形)編集ソフト、音楽制作ソフト(DAWソフト)などを動画制作のために使用しました。また、イラストや背景動画の一部には有償・無償の素材を用いています。

これらのソフトウェアや素材を用いて制作したコンテンツ(オンデマンド動画)を「大学の授業」として公開・配信する場合、使用したソフトウェアや素材の一つ一つについて、自由に利用できるかどうか、つまり、法人ライセンス、商用ライセンス等が必要かどうかを確認する必要があります。大学の教員は(私もそうですが)「業務」で研究や教育を行っているという意識があまりないかもしれませんが、大学の授業はソフトウェアや素材によっては「業務」とみなされることがあります。制作した動画自体の著作権は教員本人(または大学)に帰属しますが、その制作過程においてソフトウェアや素材を許諾なしで業務として使用できるかどうかは別の問題となります。

「業務」や「商用利用」などの定義(範囲)、許諾条件などは、ソフトウェアや素材ごとに異なるのでやっかいです。例えば、私が制作したオンデマンド動画では、DAWソフトで制作した「音楽」を授業の動画で使用することは「非商用」(ライセンス不要)でしたが、読み上げソフトで制作したナレーションは「業務」(別途ライセンスが必要)でした。これは、DAWソフトだからそうだ、読み上げソフトだからそうだ、ということではなく、同種の機能のソフトウェアでもメーカー(製品)によって異なります(法人または商用ライセンスが必要なDAWソフトもあるでしょうし、同ライセンス不要の読み上げソフトもあります)。また、ソフトウェアや素材の入手経路が有償か無償かは使用許諾の要否とは直接関係ありません。

そこで、次の2点の確認が大切です。

(1) 制作したコンテンツを大学の授業で使用することは「業務」や「商用利用」に該当するのか否か(ソフトウェアや素材ごとに異なります)。


(2) 上記(1)で「業務」または「商用利用」に該当する場合、法人ライセンスや商用ライセンスが別途必要か否か(ソフトウェアや素材ごとに異なります)。

一般論として、ワープロ、プレゼン、表計算などのソフトウェアで制作したコンテンツを授業のために使用することは法人・商用ライセンス不要の場合が多いようですが(断言はできません)、読み上げソフト、3D制作、音楽制作など、クリエーター寄りのソフトウェアになるほど、許諾条件は複雑になる傾向があるように思います。

いずれのソフトウェア・素材を利用するにせよ、製品同梱のライセンス条項だけでなく、メーカーサイトのインフォメーションも確認した方がよさそうです。市販されているパッケージソフトは個人ユーザーの使用が前提であるため、法人ライセンスや商用ライセンスについての注意書きが記載されているとは限らないからです。少しでも不明・不安な点がある場合は、メーカーに直接問い合わせることを推奨します(精神衛生上もその方が良いです)。

使用したソフトウェア・素材のどれか一つでも許諾条件をクリアできていないと、あとからそのことに気がついても、せっかく制作しストックした動画を二度と使うことができなくなる可能性があります。使用料の支払いを請求される可能性もあるかもしれません。制作過程で一つ一つ確認するのは正直ストレスですが、不安が解消された時の解放感の方がはるかに大きいと実感します。

なお、上述の通り、私がオンデマンド動画制作に使用した入力文字読み上げソフト(仮にAとします)が、その後、教育機関での利用には法人ライセンスが必要なものであったことに気づきました(Amazonで購入した箱入りパッケージに法人ライセンスに関する記載はなく、たまたまメーカーサイトを見ていて気がつきました)。メーカーに対して事実報告とお詫びをしたうえで、制作したオンデマンド動画をWaseda Moodleからいったん削除し、所属箇所で法人ライセンスを取得した別のソフトウェア(仮にBとします)で動画のナレーションをすべて差し替える措置をとりました。一方、Bで制作した音声は許諾条件上、授業での使用しか認められないため、本サイトのサンプル動画は、あらためて(個人サイトでの使用が自由である)Aで音声を再度作成したものに差し替えました。

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