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記録・考察

2021春:「対面」授業に「オンライン」の利点をどう活かすか

遠矢浩規(2021年7月30日記) 

はじめに

昨年度、勤務校(早稲田大学)では、コロナ対応のためすべての授業が原則「オンライン」となりました。今年度(春期)は、この方針に大きな変更があり、語学や演習(ゼミ)などの少人数授業は、逆に、原則として「対面」で行うこととなりました。

 

私もこの方針のもと、2021年度春期に開講したすべての授業を教室にて「対面」で行いました。具体的には、学部1年生向けの「基礎演習」(2クラス)、学部3年生と4年生の「専門演習」(いわゆるゼミ)、大学院の「国際政治経済学(政治)」(ゼミ形式の講義)、大学院の「専門研究セミナー」(論文指導の院ゼミ)です。

 

昨年度は思いがけずオンライン授業(講義科目はオンデマンド、ゼミ等はリアルタイム配信)をやらされて四苦八苦でしたが、結果的に、「オンライン」の様々な利点(学生及び教員の双方にとっての)にも気づき、それを実践することができました(詳細はこちら)。特に人数の多い講義科目では、「対面」よりも「オンライン」の方が、教育効果を上げ、学生の満足度を高くすることができると実感しました(授業評価アンケートからも裏付けられます)。

 

そのため、自分にとっては、もはや「オンライン」がデフォルト(初期設定)となっており、その利点を「オフライン」(対面)の場にどうやったら持ち込めるのか、ということが学期開始当初からの最大の課題、悩みとなりました。「ただの対面には戻れない、戻してはならない」というのは、昨年度、オンラインに手ごたえを感じた教員の多くが感じたことではないかと思います。

 

以下では、そのような「悩み」を抱えながら行った「専門演習」(学部の遠矢ゼミ)での実践を紹介したいと思います。これが「よい事例」と言えるのか、正直、わかりません。「正解」という類のものではありません。「失敗」も含めての記録に過ぎませんが、ウィズ・コロナの授業の在り方を考える一助となれば幸いです。

(以下の内容)

・どのような形態のゼミだったか

・「対面しながらZoom」方式が意図したもの

・学生の反応

・技術的問題

・「出席」概念の転換

・ICTツールの併用

・ヴァーチャル・ゼミは可能か?

​・最後に

​※ ゼミの画像・動画は学生の了解を得て掲載しています。

どのような形態のゼミだったか

​まず、「遠矢ゼミ」が最終的に、どのような実施形態に落ち着いたかを示しておきます。基本的なフォーマットは下図の通りです。図に沿って概要を説明します。「遠矢ゼミ」以外の授業も、おおむねこのフォーマットで行いました。

遠矢ゼミのフォーマット.jpg

【事前学習】

ゼミ生には、事前に、指定したコンテンツ(主にオンデマンド講義用に制作した国際政治経済学の「理論」に関する動画)を視聴してもらいました。そして、動画ごとに与えた課題(理論を当てはめて具体的事例を分析・解釈するなど)について各自でリサーチを行わせ、自分の見解を整理したうえで当日のゼミに参加してもらうようにしました。

 

コンテンツの視聴自体が学習目的ではなく、それを参考にして自分で調べる・考えることに重点を置きました。 (※ 「基礎演習」ではオンデマンド動画ではなく毎回、短めの論文を1本とりあげました。大学院の「国際政治経済学(政治)」では輪読文献[英書・和書各一冊と日本語論文3本]を決めました。)

 

【ゼミ当日(反転授業)】​​

教室で「対面」で行いましたが、同時に全員にZoomを使用してもらいました。この点が、最大の特徴です。

 

これは一見、ハイフレックス型授業に似ていますが、ハイフレックス=「対面 or オンライン」(履修者はどちらかで受講)であるのに対し、このゼミでは教室内で全員が「対面 and オンライン」という形態をとりました。したがって、全員に毎回、PCを持参してもらいました。

 

​進行は次の通りとしました。

 

①予め決めておいた報告者に、当日のテーマとなっている理論について、概要と問題提起のプレゼンを行ってもらいました。 プレゼン資料(パワーポイントのスライド)はZoomで画面共有し、ゼミ後にLINEグループでファイルを共有しました(ハードコピーの配布はしない)。

②各自が用意してきた見解や当日のプレゼンを踏まえて、課題についての全体ディスカッションを行いました(下掲の写真A・B参照)。ディスカッションは、CommentScreen、mentimeter、Mozilla Hubs(※)、VRChat(※)、Zoomのホワイトボード機能などのICTツールをZoom経由で併用して行いました(後述)。 (※印は試用のみ。

​③全体ディスカッションで出てきた論点や疑問点について、数人づつのグループワークで深く掘り下げて検討してもらいました(下掲の写真C・D参照)。班分けは当日、LINEのあみだくじ機能で決定しました(結果をLINEで共有)。教室外からのオンライン参加者(後述)がいる班では、対面とZoomのブレイクアウト・ルームを同時進行して行いました。グループワーク終了後、代表者がサマリーを報告し全体で共有しました。

④グループワーク以外のすべてのセッションをZoom(またはPC画面録画ソフト)で録画しました。

【事後学習】

ゼミの録画は直後にYouTube(遠矢ゼミ専用アカウント)で限定公開し、LINEグループでURLを共有しました。欠席者には録画を視聴してキャッチアップすることを課し、出席者にも理解を定着させるために視聴を推奨しました。数日中にテキストデータの議事録(WORDファイル)もLINEで共有しました。録画された動画は、将来の二次利用のためにアーカイブとして保存しました。

​なお、事前・事後のゼミの連絡(Zoomリンク、欠席・遅刻の申告、教員からの指示など)もすべてLINEグループで行い、Moodleやメールは使いませんでした。LINEの方が情報を共有しやすく、何より、学生側の使用のハードルが低い(確認頻度が高い)からです。

​(写真A) 全体ディスカッションの様子。中央のPCがある机が教員(遠矢)の席。

​(写真B) 写真Aと同日のZoom画面。オレンジ枠の学生は教室にいない。

オンラインでグループワーク.jpg

​(写真C) グループワークの様子。
​オレンジ枠の学生はオンラインで参加。

​(写真D) グループワークの様子。

​「対面しながらZoom」方式が意図したもの

このような形態にしたのは、2つの理由によります。

 

第一に、「はじめに」でも触れたように、「対面」の利点と「オンライン」の利点をミックスさせるためです。

「対面」の良さは、①「一緒にいる」感(ライブ感、コミュニティ感)、②beforeとafterがあること(「ゼミ」の前後に交流があること)、だと思います。これらはオンラインでは実現がかなり難しいですが、原則「対面」とすれば容易にクリアできます(実際、クリアできたと思います)。それで十分という考えもあるかとは思います。

しかし、一方、「オンライン」(ここではZoomによるリアルタイム配信の意味です)には、次の利点があります。すなわち、③どこにいても「出席」できる、④資料を画面共有できる(ハードコピーを用意する時間や費用が不要)、⑤「録画」できる(「欠席」してもあとから視聴できる、素材として加工・利用できる)、⑥ICTツールを同時に使える、などです。「対面」に特化することで、これらを失うのはもったいないと思いました。私の知る限りでは、学生もこうしたメリットを手放したくないと感じていたようです。

また、海外に留学中の学生から、「(海外から)ゼミに参加したい」という強い要望がありました。これを叶えるため、なんらかの形でオンラインを導入する必要がありました。

そこで思いついたのが、いわば二兎を追う、上掲の「対面しながらZoom」の方式だったわけです。

​理由の第二は、コロナ以前から、「輪読」ではないゼミの在り方はないだろうかと模索していたことです。輪読は大学院レベルでは質の高い議論ができるものの、興味分野も学力もモチベーションもバラバラの学生が20人近く集まる学部ゼミでは、同じ文献で15週に渡って学生全員のエンゲージメントを維持し高めるのは難しいと感じていました(これは主に私の教員としての力量不足のためですが)。過去の経験では、どうしても相当数の学生が自分の報告回以外では「受け身」(まったく発言しない、真剣に聞いていない)になってしまいました。

そこで、前項に示したように、(a)ゼミのワークフローとタスクを明確にし、(b)単一の文献を「読む」ことよりも毎回異なるコンテンツでディスカッションやグループワークをする方が、アクティブ・ラーニングを促し、結果的に「輪読」よりも多くを学ぶことになるのではないか、と考えました。そして、(c)Zoomによる場所を選ばないコミュニケーションや各種ICTツールの導入は、(a)や(b)と親和性が高いと思いました。有り体に言えば、(a)~(c)は学生にとって単純に「楽しい」のではないかと予想しました。「楽しい」という要素は、ゼミのようなコミュニティの中で個々人のエンゲージメントを高めるためにはきわめて重要な要素だと考えています(もちろん、楽しければいいというものではありません)。

【付記】

​「専門演習」は上述の通り「輪読」にしませんでしたが、「基礎演習」(学部1年生)では動画ではなく短い論文(毎回異なる)を「読み」ました(ほぼ輪読形式)。また、大学院の「国際政治経済学(政治)」では英書・和書・和論文を「輪読」しました。これらの授業も、すべて「対面しながらZoom」方式で行いました。結局のところ、「輪読」か否かにかかわらず、つまり通常の「輪読」であっても、「対面しながらZoom」方式で授業を行うことが可能でした。したがって、以下に述べる諸点は、ほぼそのまま、「輪読」を「対面しながらZoom」方式で行う場合にも当てはまります。

​なお、「基礎演習」では「輪読」の他にも、論文の書き方、文献表記の仕方、レジュメの書き方などの指導をしましたが、これらもすべて「対面しながらZoom」方式で行いました。

​学生の反応

上述のような実施形態の概要・趣旨について、ゼミの初回で学生たちに説明しました(その段階では、「グループワーク」はプランに無く、また「ヴァーチャル・リアリティ」[後述]が含まれていました)。ICTを活用した反転授業というコンセプト、とりわけ「対面と同時にZoom」という「めんどくさそうな」やり方を学生は受け入れるだろうかと不安でしたが、杞憂でした。というより、一瞬でその場が「なんだかおもしろそう!」という明るい空気になったように感じました(気のせいかもしれませんが)。

PCを毎回持参してもらうのは結構なハードルになるかと思いましたが、学生たちは昨年度の「オンライン」化以降、大学にPCを持参するのは当たり前のこととなっており、まったく問題ないという返事でした。これは意外にも、入学したばかりの1年生の「基礎演習」でも同じ反応でした(ちなみに、1年生は全員が、高校または浪人時代にZoomを経験済みでした)。勤務校では学内のフリーWiFiが全教室で完備されていたことも、「対面しながらZoom」方式には幸いでした。

2週目から実際にこの方式でゼミを実施しましたが、毎回、ほとんど沈黙の時間がないほど発言が飛び交い、大変活況を呈するゼミになりました。

技術的問題

​ただ、実際にやってみると、その過程で、いくつか技術的な問題も生じました。一番の問題は、PCのマイクとスピーカーのオン・オフの切り替えでした。教室外オンライン参加者にも教室内のディスカッションが聞こえるようにし、かつ、「録画」するためには、話者のマイクをオン(ミュート解除)にする必要があります。しかし、全員のマイクがオンになっていると(特に誰かのスピーカーがオンになっている時はなおさら)、エコーやハウリングでまったく使えない音声になってしまいます。また、教室外オンライン参加者が発言する時には、今度は逆に、スピーカーがオフになっていると聞こえなくなってしまいます。

この問題は、試行錯誤の末に、次のやり方で解決しました。すなわち、(ア)教室内では全員がデフォルトでマイクとスピーカーをオフにして、発言する時のみマイクをミュート解除する、(イ)教室外オンライン参加者が発言する時は教員(私)のPCのスピーカーのみオンにして大きな音で流す、(ハ)教員(私)は常時イヤホンで音声をモニタリングし学生のマイクとスピーカーのオン・オフが適切に行われていない場合はその都度指摘する、というやり方です。

これは一見、かなり面倒なやり方ですが、学生はすんなりとインストラクション通りに行動してくれました。

​上述の通りスタート時から発言は活発だったものの、数回のゼミを経た頃に、「ゼミ生同士」のコミュニケーションが意外と少ないことに気がつきました。学生の発言の多くが教員(私)に向けて意見・質問を述べるような形になり、私もついついそれに「答えて」しまっていました。

これを解決する手段がグループワークの導入でした。これは学生からの提案でした。コロナのせいでコンパも合宿もできないゼミにおいて、数名規模のコミュニケーションの機会があることは、班分けのドキドキ感も加わってか(?)、ゼミの重要な要素となりました(ただし、「密」を避けるという点でジレンマもありました)。班分けをLINEのあみだくじ機能で決定するのは、基礎演習の学生のアイデアでした。

 

グループワークは、オンライン参加者(留学中の学生)がいるため、最初はZoomのブレイクアウト・ルームで試してみました。しかし、これは教室内の会話をぜんぶマイクが拾ってしまうためうまくいきませんでした。オンライン参加者がいるグループのみブレイクアウト・ルームを設定し、そのグループは全体ディスカッションと同じ方式にする(他のグループは全面オフラインで会話する)ことで問題は解決しました(ただし手動でブレイクアウト・ルームを割り振るのにやや手間がかかると感じました)。

​グループワークのサマリー報告では、Zoomのホワイトボード機能が役に立ちました(私がサマリーを聞きながら箇条書きで書き込んでいきました)。

 

【グループワークに関する付記】

オンライン併用方式に限ったことではないですが、グループワークは、全体ディスカッションで発言に消極的な学生に発言の機会を与えるという点でも効果があると感じました。また、グループワーク後のサマリー報告を比較的発言の少ない学生に担当してもらうことでエンゲージメントを高めることができたように思います。

グループワークを導入した当初は、「グループワーク→全体ディスカッション」の順番で行いましたが、このやり方だと、全体ディスカッションでの発言が激減してしまいました。その理由は、グループワークで「言い尽くした感」が生じてしまい、全体ディスカッションで「もう一度同じことを言う」モチベーションが下がるからだったようです。そこで、学生からの提案を受けて、「全体ディスカッション→グループワーク」の順に変えてみたところ、うまく機能しました。

【LINEあみだくじに関する付記】

​班分けはなるべく、男女が偏らないようにしました。当初は、男女のバランスがいい結果になるまでくじを繰り返していましたが、「男子」と「女子」で別々のくじを作ることで、それぞれ1回のくじで済むようになりました。

LINEあみだくじの例①。5人がA班に割り振られている。​

LINEあみだくじの例②。報告者の決定などにも使える。​

「出席」概念の転換

ところで、上述したオンラインの利点の③(どこにいても「出席」できる)は、出席(対面)することの利点(①と②)と矛盾します。しかし、現実問題として、留学以外にも、学生が「教室」に来れないという状況は発生します(体調不良、就活で移動中、コロナへの不安など)。

そのような場合、これまでは物理的に教室に来れないがゆえに「欠席」とせざるを得ませんでした。しかし、リモートのオンライン参加が可能であれば「欠席」しないで済みます。「対面しながらZoom」方式では、ハイフレックスとは異なり、「対面」組と「オンライン」組の分断もないので、ディスカッションに「一緒」に参加できます。また、オンライン参加すらできない場合でも、「録画」(利点⑤)を視聴すれば、当日の「発言」はできないにしても、少なくともゼミの内容にキャッチアップすることはできます。したがって、「対面しながらZoom」方式においては、フィジカルな「出席/欠席」という概念や、それを前提とした成績評価(3分の2の「出席」要件)は、もはやナンセンスなのではないか、と思いました。

そこで、私のゼミでは、「対面」を原則としつつも、正当な理由で物理的に教室に来れない場合は、オンライン参加でも「出席」にカウントすることにしました(所属箇所の方針には反していたのですが)。「オンラインも不参加で録画だけ視聴」の場合についても、例えば、視聴記録を確認したうえで、「欠席0.5回」としてカウントする、といったやり方も技術的には可能だと思いました(これは実行していません)。

実は、今年度の授業開始前に、教授会では、「ゼミをハイフレックス型授業にすると学生は教室に次第に来なくなる(したがってオンライン参加を認めるべきではない)」という意見(昨年度の事例)を何度か耳にしました。そのため、(ハイフレックスとは異なるものの)教室外オンライン参加を認めると似たような事態になるのではないかと心配でした。

 

しかし、最後まで、まったくそのようなことはありませんでした。ゼミ3年生(18名)の15週分の「教室外オンライン参加者数」(留学者を除く)の総計は4、「完全欠席者数」の総計は13でした(いずれも理由は主に体調不良と就活)。平均すると、毎週、欠席者は1人いるかいないかで、オンライン参加者も(留学中の学生以外は)レアというレベルでした。オンライン参加の選択肢を与えても、「オンライン」の利点やアクティブ・ラーニングを実感できる「対面」ならば、学生は積極的に教室に来る(「対面」を強制する必要はない)、と実感しました。ただし、これは、「自粛あけ」の「みんなと会える喜び」要素が大きかった可能性があるのかもしれません。

ICTツールの併用

全員にZoomを利用してもらったことから、Zoomの諸機能(アノテーション、ホワイトボードなど)に加えて、様々なICTツールを併用(画面共有で)することが、「対面」授業ながら可能になりました。

具体的には、CommentScreen、mentimeterなどを利用しました(ヴァーチャル・リアリティについては次項)。こうしたツールは、便利であるだけでなく、「遊び心」でゼミを楽しくするのにも一役買いました。使用したものはすべてフリーのアプリです。

各ツールの詳細はここでは紹介できませんが、CommetScreenはニコニコ動画のように匿名のコメントを画面上に流すアプリです(下掲の動画A)。誰かの発言中に、文字で「口をはさんだり」、「ツッコミを入れる」ことができます。匿名なのでふざけた発言も多く、場を和ませたりもします。「録画」を見直すと、CommentScreenのコメントに重要な指摘が結構ありました。mentimeterはリアルタイムで投票・集計を表示するアプリです(下掲の動画B)。「この意見についてどう思うか」という問いに複数の選択肢を用意したり、報告者の決定などにも利用できます。

なお、ゼミの「録画」は今回、MoodleではなくYouTube(遠矢ゼミ専用アカウント)にアップロードしました。その理由は、Moodleへの動画アップロードでエラーが多かったこと(これは私のPC環境のせいかもしれません)、YouTubeには「字幕」を自動で出す機能があったからです。ちなみに動画の再生スピードを調整する機能はMoodleにもYouTubeにもあります。一方、YouTubeだと、個々人の視聴履歴を確認できないという短所があります。

【付記】

ゼミのセッション全体を「録画」してアーカイブ化することができるというのは、「対面しながらZoom」方式の大きな利点だと感じました。従来は、欠席者がいた場合に、授業内容のフォローアップをさせるのが容易でなく、また、ゼミで重要事項を決定した場合などにそれが周知されない、という問題がありました。欠席者の「録画」視聴をタスクにしておくと、そういう問題はなくなりました。

​また、ディスカッションの中には教員も予想していなかったような興味深いやりとりがたくさんありました。これらを抜粋・編集して、教材(動画コンテンツ)を制作することを考えています(学生の了解を得て)。これはストックとして毎年増やしていくことができます。

​(動画A) CommentScreenの使用例。
​※音声は消去しています。

​(動画B) mentimeterの使用例。
​※音声は消去しています。

​ヴァーチャル・ゼミは可能か?

上述の「出席」概念の転換で触れたように、フィジカルな「出席/欠席」の意味がなくなり、出席と欠席の境界線が曖昧になるのであれば、そもそも「ゼミ自体」が必ずしも「大学の教室」で行われなくてもいいのではないか、と考えました。ヴァーチャル・リアリティ(VR)を利用すれば、「教室」にいなくても「対面」が可能なのではないか、と考えました。

 

そこで、初回ゼミで、インターネット上のヴァーチャル・リアリティを利用したゼミの構想を説明しました。そして実際に、後の週のゼミで、Mozilla HubsとVRChatのデモンストレーションをやってみました(Mozilla Hubsの「遠矢ゼミ」にはゼミ生にも入って体験してもらいました)。

 

私が抱いていたコンセプトは下図のようなものでした。

つまり、(A)「対面しながらZoom」方式は維持しつつ、(B)教員(私)及び教室・教室外の希望者は、Mozilla Hubsの「ルーム」またはVRChatの「ワールド」としてインターネット上に構築した「遠矢ゼミ」(VRゼミ)に入る、(C)VRゼミの様子をVR外のゼミ生のためにZoomで画面共有するか、VR内に設置したカメラからOBS(Open Broadcaster Software)を使ってストリーミングする(画面共有だと「教員が見ている世界」が共有されてしまうので後者がベター)、というものです。

 

この方式の利点は、上記(B)において、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)と簡単なモーションキャプチャ(Leap Motionなど)を使えば、教室・教室外のどこにいようとも(海外でも)、VR空間の中でゼミ生同士が「隣に座ったり」、「面と向かって直接会話をしたり」できることです。それは「ほぼ対面」と同じです。HMDが無くてもアバターを使ってPC画面上で、それに近い感覚(だいぶ劣りますが)を得ることができます。ゼミ時間中は教室にいる学生が皆HMDを装着し、ゼミが終わるとHMDを外してオフラインで談笑しながらランチに向かう...そんなシュールな光景を想像しました。

 

しかし、これを実現するには様々なハードルがあり、結局、採用にはいたりませんでした。具体的には次の諸点が指摘されました。

-- ゼミ生が様々な場所から参加を余儀なくされているのであれば意味があるが、(上述の通り)現実にほぼ全員のゼミ生が教室でフィジカルに「出席」している状況下では、VR空間でわざわざ会うメリットが無い(面白さはあるかもしれないが)。

-- 上記の通り、ほぼ全員がフィジカルに教室で「出席」している場合には、グループワークがZoomのブレイクアウト・ルームで失敗したのと同じ問題(周囲の会話を全部拾ってしまい音声が使い物にならない)が生じる。

-- HMDやモーションキャプチャの購入に数万円かかる。PC(アバター)の場合でも、Mozilla HubsやVRChatの利用にPCのスペックがそれなりに要求される。

-- VR外の学生がVR内の会話に直接参加できないため、(ほぼ)全員がVR空間にいればよいが、VR外の学生が多いとゼミとして成立しない。

 

いずれも当を得た指摘です。コロナの状況悪化で「対面」方針がまた「オンライン」に戻る可能性を想定し、その場合にも備えた構想でしたが、幸い、最後まで「対面」が可能であったため、結果的に必要のないものとなりました。しかし、VRには今は気づいていない様々な利用法がありそうなので、ゼミだけでなく講義科目も視野に入れて、その可能性は引き続き検討してみたいと思っています。

 

【付記】

Mozilla Hubsに作った「遠矢ゼミ」のルームは現在も残っています。こちらにありますので自由に入ってみてください(しばらく待ったあと、画面に従って「Join Room」→「Accept」→「許可する」→「Enter Room」で入れます。同時に入っている人がいれば、その人と会話もできます。退出する時は「Leave」です。ルーム内のコンテンツの一部は削除しました)。HMDがなくても利用できます。PCのキーボードのQWEASDキーで前後左右等に移動できます。

 

VRChatの大学の講義での利用については、東京大学工学部・入江英嗣氏の実践事例(こちら)が参考になりました。

​最後に

昨年度は3回しか大学に「出勤」する機会がありませんでした。「オンライン」から一転して「対面」となった今年度の授業初日に、キャンパスを新入社員のような高揚した気分で歩いたことは忘れられません。それからの15週間、「対面」授業は、毎日が楽しく感じられました。これほど授業に前向きになれたのは、正直、教員人生で初めてだったかもしれません。

 

その一方で、「対面」という形式にこだわることには違和感もありました。教員も学生も、コロナの世界で「オンライン」の長所も短所も知ってしまいました。コロナだから「オンライン」、対策ができたから「対面」という二元論では、もう誰も満足できない。そう感じました。「対面」の授業の中に、「オンライン」のノウハウを少しでも活かしていかなければ、昨年度の1年間はただの「失われた1年」で終わってしまうのではないか。そんな焦燥感がありました。

 

そんな思いから始まったのが今年度の「遠矢ゼミ」の試みでした。冒頭触れたように、これが「成功」と言えるのかどうかは、自分でもまだ評価しかねています。少しやりすぎたかな、と思うところもあります。何より、自分自身が同じキャンパスの学生だった時代(30年以上前の話です)のゼミの「成功体験」や「ノスタルジー」を否定することができません。「専門書の輪読こそベストではないのか」という思いがやはりどこかにあります。アクティブ・ラーニングと言えば聞こえはいいですが、肝心の「ラーニング」の内実が乏しければ本末転倒でしかありません。

 

教員の向き・不向きの問題もあります。どのようなゼミの形態にすべきかは、結局は、それぞれの教員がどのような形態にすれば本領発揮できるかで個別に決定されるべきことなのかもしれません。

 

しかし、「当たり前のこととして踏襲されてきた形態が、必ずしも学生の利益になるとは限らないのではないか」ということを、昨年度の「オンライン」化の洗礼の過程で度々考えさせられました。過去の成功体験とノスタルジーを少しのあいだ封印して、多少の冒険をしてみることも、価値のあることだと思います。うまくいかない時や暴走ぎみの時には、学生は即座に「NO」と言ってくれるので立ち止まれます(上述のVRゼミの場合のように)。「問われているのは教員のエンゲージメントの方なのではないか」。そう感じた15週間でした。

​(了)

2021年度春期最終週のゼミの集合写真。
​※撮影のためマスクをはずしています。

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